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脳梗塞てんやわんや

 

よろず円満堂のひつじです。

脳梗塞の連れ合いは、要介護度5で日常生活に飛び込んできました。

そして一年・・・。

昨日は、吾が夫がどうしてもデイサービス(我が家では保育園といいます)に行きたくないと言うも のですから、勇気を出して自宅で過ごしてみようということになりました。

私は仕事があるので彼の面倒は見れません。

彼は一人で自宅にいて、テレビとお友達になっ ておりました。

昼食を作りに帰ると非常に喜んでくれました が、家で何の会話もないものですから

本人いわく「さびしいねー」
ということで明日はデイサービスに行くといいました。

思考が定まらないのですが、1日の5分の4は普通の思考をしていますから、

デイサービスの現場に参加していても何がし かかなしいようです。

ほとんど平常だけど、判断力が急に狂ったりす るものですから、

保育園の先生も扱いがまったくわかっていない ようです。

なんか、特別扱いされているようで・・・と言 うので

「じゃ、普通に扱ってもらうように言いましょ うか?」というと
「いや、そんなことを言うと特別扱いされるからいやだ」といいます。

学校でもいじめがありますが、脳梗塞の老人が いじめを考慮するとは・・・!いまどきなんでしょうか?
平常心に帰ったときにいつでも「限りなくかなしい」夫の気持ちをかんがえます。



<b>脳梗塞になる</b>
8月1日、今日も暑い、汗だらだらでパパさんがやって来た。
69才の定年退職パパさんが、経営している喫茶店に今日も元気に・・
やって来たんだけど、なんだか疲れているようだ。
「どうしたの?ちょっと元気がないみたい」
「うん、毎日あついもんなー」
「あれっ、お店に出るのにエプロンちゃんとつけてね!」
店長の声はどんなに暑くても威勢が良い。
「ふぉっふぉっほ、今日はエプロンのひもが結べないんだ!」
パパさんは、わらいながら不可解な現状を言う。
「それ、どういうこと」
「ちょっとふらつくし、昨日あつかったしなーっ」
「おかしーよ、やっぱり」
店長はちょっとこの状態はおかしいと思った。
すぐに兄に電話したら「すぐ救急車をよべ!」
まるで独断的な命令口調でそういった。

まさか・・・そんな?元気に立って話しているのに救急車か?
店長は、
ママを呼んで兄の言葉を伝えた。
ママは、ちょうど病院に行くことになっていたので「良いよいこう」
と脳てんきにのんびりほっかり言う。
このときはすでに、重要なタイムゾーンに足を踏み入れているのにまわりの誰も
そう思っていなかった。

<b>キーポイントは救急車</b>
パパさんはママの運転する自動車に乗って病院にでかけた。
病院は結構込んでいて1時間も待たされた。
医者はママの情報を聞いてすぐ国立病院の紹介状を書いてくれたが
それでも未だ誰も救急なことと思っていなかった。
「紹介状をもらったから、明日じゃなく今日にでも寄ってみようか。」
「うん」
2人は、ほかほか国立病院の門をくぐった。
2人は未だ大変なことになっているとは思っていない。

<b>病院は常日頃選んでおく</b>

ばったり倒れたりしないものだから、
そんなに大変なことが起こっているとは思いもしない2人は病院で受け付けに行っ
て、ジュースを飲んだり、救急車が2台もはいって忙しいと言われれば、しようが
無いと全然苦にしていなかった。3時間近くも立ってから診察にはいって、30分
後には立派な脳梗塞の人になっているとはそのとき思ってもいなかった。
素早い決断なんて、言っている場合か!ママは先生に、
こんなに遅く対応してくれたことにたいして、憤懣やるかたない状態でいた。
救急車に乗ってくるべきだった。救急車を2台もやり過ごして、それより速く病院にた
どり着いたのに、対応してくれなかったことについて、ママは、プンプン怒っていた。
パパさんは、何にも言わなかった。

<b>現在の医療</b>

発症から4時間なら、たすかる。とか
6時間なら、現在医療で対応できると言うけれど
パパさんは何と病院の待ち時間だけで既に3時間もむだにしていた。
脳梗塞と分かってママは猛烈に怒って、先生にかみついた。
7時間目でも良いから、血栓を溶かす手術をしてください。
女先生は、フンと鼻で笑って
「奥さん、7時間てどうして言えるんですか?もう時間切れですよ」といった。
ママは、本当に湯気が立つほど怒った。
しかし、後で良く考えると
此の病院には「脳梗塞の人を元に戻すというシステムも、
医者の生き甲斐も無かった」んだと分かったのだった。

小田急相模原駅の近辺の国立病院と言えばアっと思いつくことだろうが、ここは
患者数が非常に多いので、格別に忙しいんだ・・・と思うけれども、
先生は多数の人を見ているだろうがママは亭主一人しか見ていないから、
この待遇には腹が煮えたぎっていた。
つまり・・・脳梗塞患者は本当にどんなに軽度でも「救急車に乗らねばならないのである」
これは人生を大きく分ける
「どう見ても健康そうだし、ずうずうしいから救急車に乗らない」
と言う社会な善意ややさしさはこの際完全に無視しなければ成らない。断じて違う。
扱いが違う!待遇が違う!脳梗塞になった後の人生が変わる!!!

MRI とはwww.mri.il24.net/mrimain.html
  MRIは,Magnetic Resonance Imagingの略で,日本語では磁気共鳴
画像診断法と呼ばれます.

 強い磁界にさ らされた原子核が特定の周波数の電波に共鳴して,
自ら電波を発生するという核磁気共鳴という現象を利用した画像診
断法です.1980年代にMRIが臨床に用いられるようになって以来,
その有用住はよく知られています.その利点としては,

1)非侵襲的で,X線被曝がないこと
2)任意の断面が得られること
3)コントラスト分解能が優れていること
4)骨による画像への影響がないこと
などが,挙げら れます.
 とりわけ整形 外科領域,脳外科領域でMRIは有用であり,現在無
くてはならない検査法となっています.

MRA とは
 MRAは,Magnetic Resonance Abgiographyの略で,MR血管撮影と呼ばれます.

 造影剤を使用せず に,MRで血管の画像を描出する方法であり,TOF法とPC
法があります.現在では,TOF法が簡便で撮像時間も短い事から一般的に使われています.

 

MRI 装置について

 MRI装置は磁場と電波を利用した画像診断装 置です.磁場や電波の外への
漏れが無いように厳重にシールドした検査室で検査が行われます.

 下の写真は,シー メンス社製「マグネトームP8」と呼ばれる0.2テスラ装置です.

P8-1P8-2   








パパさんの脳梗塞は、ほとんど脳の5分の1を空白にしていた。
MRI写真を撮ったら脳の右側のほぼ2分の1弱が真っ白だったんだ。
でも、ママさんはぜんぜん驚かない。
これがその後のパパさんの人生にどんな苦難を与えるかなんて未知だったし・・・。
ママさんを白眼視しないでくれ。誰でもなる可能性がある脳梗塞と言っても、本当に成ってみなければ
脳梗塞の怖さなんてわかるものか。

パパさんは相当な重症だったし、ママは病院に対して怒りを爆発させていた。
そうは言っても、
ママは重症のパパさんをこの「有名な病院?」から連れて帰るような確たる判断も持ち合わせ
ていなかったから憤懣やるかたなく入院の手続きをすることにした。
「別にうちにいなくてもいいですよ。入院はあなたのご判断にまかせますから。」
女先生は冷ややかにちょっと口をゆがめ笑いながら言った。
断じてママさんは、先生に喰ってかかったわけではない。
目は・・・・もしかしたら必至で血走っていたかもしれないけれど・・・。

こんな言葉を「脳梗塞」と言う現実を突きつけられた家族に言うか!
ママさんは、絶句したが<おめおめと>入院の手続きをしたんだ。

自宅に帰ってママは大至急でインターネットを立ち上げた。
脳梗塞!
でもあんまり資料や体験談はなかった。
あそこの女先生のように冷ややかな医者に対して文句を言うような記事も見あたらない。
くそ!くそ!
ママさんは頭の中で怒りを解消する方法も見当たらないまま
くそ!くそ!と繰り返した。
誓ってその他の言葉ではない。
ただ、誰に言ったらいいかわからないけれど猛烈にくそ!くそ!と繰り返していた。

医者に馬鹿にされている自分が腹立たしかったからかもしれないし、
あの女先生が・・・・あいつは本当に悪い奴だ!と思っていたからかもしれない。

ママさんは、今日、本当にどうしようもない医療の現場を見たと思った。
決してやさしくない医療現場。
本当に大変で駆けつけていても、一般外来患者は、その病院ではただの外来であったと言うこと。
ママさんは3回も
「だんだんおかしくなっています」と看護師に言ったけど、まったく取り合って貰えなかったんだ。
おまけに救急車対応で、一般患者は、ずーと待たされ続けたんだよ!


入院1日目
夕食も終わったころの11時過ぎ。
病院から電話が入った。
「何かあったんですか?」
「実は、ご主人が、歩き回って、隣の部屋に入ったんです。」
「それがどうかしたんですか?」
「隣の部屋は女性部屋だったんで、それで、ベッドに固定したいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「どういうことですか?」
ママさんは、びっくりしてしまった。

ああ、そういえば、ママさんは、いよいよ入院するという時女先生に
「入院したらアット言う間に、ヨイヨイになると言うようなことがあると聞いたんですけど、そんなことには決して
なりませんよね?」
と、念をいれていたんだ。
いろんな人の話の中に、病院に入院すると1週間のうちに寝たきりになるという有名な話がある。
まさか、自分の亭主が、すぐになるなんて思っていなかったからママは、誰でも思いつくことを言ったんだ。
すると、女先生は、「今の病院の入院患者にそんな固定をするなんてことは絶対しませんよ」とニコニコしながら言った。
そのとき、ママさんは「そうは言うけど、よい病院に来ているのかもしれない」と思ったのだった。

それが、その舌の根が乾かないうちに「固定させていいですか!」は、いくら何でもおかしい。
「いま直ぐ行きます。」
ママさんは立ち上がって病院へ、・・・急いで自動車で駆けつけた。
当然、病院に対する信頼はとうに消え失せていた。

「どういうことですか?」
病院の廊下はすでに消灯されていてほんのり薄明かりで白く浮き上がっている。
「実は、」
看護師が言うには、パパさんは、なぜだかベッドの上に立ち上がったそうだ。
そういえば、パパさんの家では夫婦ともたたみに布団を敷いて寝ているんだ。
もしかしたら、早めに寝ていて寝ぼけて病院にいる感覚がなかったのかも知れない。
ベッドに寝ていると言う気がなかったのでベッドに立ち上がって、一歩を踏み出したんだろう。
あわてて、2人の看護師が駆けつけて、パパさんをベッドに座らせたんだそうだが、
パパさんはものすごい力で看護師2人の身体を吹っ飛ばした。

そりゃあ、今は病院のベッドで寝る身だが、つい今朝までは普通の健康な男性だったんだ!
ポーンと手を払ったら、女性の看護師はひとたまりもなかっただろう。

ましてや、寝ぼけているんだから、パパさん本人は被害者の気持ちなんだ。
でも看護師はいきり立った。
ママさんが駆けつけたとき、パパさんはぷりぷり怒っていた。
「ああ、ママ、ここは変だよ、まるでなんか悪いことをしたように大声で人のことを怒るんだ」

まあまあ、ママさんはそんなパパさんを優しく手の平でぽんぽんと叩いた。
どういう状態であっても、病院の生活がまだ納得できていないんじゃしょうがないだろ!
ママは、今は病院の味方はしない!
こんな患者の気持ちも量れないような病院の味方になんかなってやるもんか。

「実は言いにくいんですけど!」
「なんですか?」
ママさんは急に声を潜めた看護師に、キラーンと目を据えた。
「ご主人は、隣の部屋のベットに入って寝たんです。」
「それがどうかしたんですか?」
「その、つまり、隣の女性のベットにもぐりこんだんです」

ママさんは、一瞬真っ青になったかって?
何の!
ママさんはきりっとして
「だから・・・?なんか、その女性に痴漢行為でもしたんですか?」と言った。
明らかにその女性の看護師に怒っている。

ベットが高くて転げ落ちるかも知れないような、判断がつかないパパさんを、こともあろうに痴漢扱いかい!
この人は、近代まれな品行方正な男じゃい!
キリキリ、ママさんの眉毛は暗い廊下や部屋では見えなかっただろうが、キリキリと逆立っていった。
「よろよろのヨタヨタの、自分のベッドがどこだかわからない患者を、痴漢扱いですか!」
ママさんは、看護師に言ってはいけない言葉を諸出しした。

看護師は、ママさんの強い口調に、びっくりして大きく目を見開いた。
「いえいえ、そういうわけじゃありませんが、ここは病院で、ご本人がそのように誤解されてはいけないので
実情をお話ししたわけです。」
「まあ、うちの人は本当に堅物ですから、痴漢をやる度胸もないでしょうが、ベッドがどの部屋のどれかわか
らなかったら、よく分かるようにご指導いただいたらよかったと思いますよ。」

「それは確かにそうですが、、またベッドに立ち上がられて、今度はベッドから転落されて、骨でも折られましたら、病院は責任が取れません。そこで、拘束す ることをご承知ください。」
看護師は、暗にそれが嫌ならもう面倒は見ないというように言った。
ママさんにはなんと高慢な看護師だと見たけれど、
もしかしたら、つんつん怒っているママさんの方がよっぽど高慢に見えていたかもしれない。

拘束承諾書
確かに、ママさんは、ベッドから落ちて骨を折ったパパさんを見たいとは思っていなかった。
それに、今、点滴をしているバリバリの病人のパパさんを連れ帰ったとしてもいかんともし方がない。
他人のベッドに入ったのはいいくら悪意がなかったからと言ってもそれはパパさんが悪い。
だから仕方ない。
ママさんは、病院が用意した「拘束承諾書」に印を押したのだった。
パパさんはゆえなくベッドに拘束された。


頻尿症
言い忘れたけれど、ママさんはパパさんが通常頻尿であることに気付いていなかった。
健康な状態では、深夜にパパさんが頻繁にトイレに通うなんて気付かないもんだ。
特に、日ごろたっぷり働いていて、夜はぐったり寝てしまうママには、夜のパパさんの動向をとやかくいう状況にはない。
ましてや、昨今店長さんがインターネットで原稿を送るときは、真夜中の仕事になることが多くて
ママさんも泊り込んで、色色世話をしなければならない。

純粋な家内工業なわけで、ママさんは、自分の商売と、店長さんの商売と、パパさんの生活を見ることで、実はもうじきバテそうな毎日を送っていたんだ。
パパさんは定年だし、昔からの亭主関白だし。
ママさんはそんなパパさんを実は疎んじてもいた。
本当はいつ離婚しても良い!!良い!!と内心思っていた。
だからそんなにパパさんに対してよその人のように、ハラハラドキドキすることもなかったんだけど。
ママさんのポリシーは、誰にも親切!だったから、当然パパさんに対しても親切だったわけで。

パパさんのことをママさんがどうゆう風に思っていたかということは、きっと追い追い書くかも知れないけれど、日本のほとんどの高齢者離婚の女性と同じこと を考えていたと思うよ。
パパさんは、仕事第一主義で、家庭よりまず仕事の日本男児だったんだ。

ところがパパさんは実は名だたる?頻尿マンだったんだ。
その頻尿は実は1年後もずーっと続いていて、この物語の主題に変わっていくと思う。

パパさんはベッドに拘束されていても、おしっこにどうしても行きたかった。
体自体が元気だから、いくら脳みそが5分の1稼動していないと言っても「そんなこったー関係ない。」

トイレにいけない苦しさはもう最高だったと思う。
「オムツがちゃーんとしてあるから、そのままおしっこして良いよ」
どの看護師さんも、パパさんの望みを達成してくれなかった。
特に夜間は40人の患者をたった2人で看るんだそうだ。
1時間に1回から、二回も時には3回もトイレに行きたいとスイッチを押す患者はあっという間に
「面倒な患者」になってしまった。

パパさんが宙に目を向けて、ママさんが来ても「?」と言うような反応を始めるのに実は1週間もたたなかった。

ママさんは、脳梗塞ってこんなに人格を狂わすものかと心から思っていた。
日を追ってパパさんの現意識は混濁し、歩き方もいよいよ老人そのもののようにヨボヨボしてきたのだった。
その上、車椅子に乗っている最中も、「急に立ち上がってどこに行くか分かりませんから・・・・・」
と言われて、「拘束なんて、しません」と、言う割にはしっかりと車椅子に括り付けられていたのだった。

話によると、この脳梗塞は
脳梗塞の中でも一番厄介で、体が元気な分対応できないのですよ。困った病気です。と医者はいった。
ママさんは、仕方ない、これが5分の1の脳味噌を失った人生かと、思った。

子供もたちも、いよいよと成ったら有料老人ホームか、特養老人ホームへ入れるしかないと話し合っていた。
有料老人ホームは入るとき直ぐに600万円いると言うことだった。
その上、毎月、20万円はいるそうだ。
もっと他の老人ホームでは、入所の際に200万円いるといった。しかも、期限付きだ。
日本の老人ホームは、決して本当に困っている人にやさしくはないと言うことだった。
しかも、病状が安定している人でなくてはならないということだ。
まるで、全日本的にパパさんを拒んでいるようなものだった。

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入居一時金返却金額入居一時金返却金額入居一時金返却金額

病院にいても、さしたる加療も見込めないし、看護師も、うんざりしているのがなんとなく分かっていた。

病院でもらった「カルテ」を見て、ママさんが「おやっ」と思うまでは、この状態は当たり前のように続いていた。
すでに2週間たっていた。

おやっ!

ママさんは、ちょっと薬のことを知っていた。
精神安定剤が麻薬だっと言うことも知っていた。
ちょっと、この薬は変だ!と思ったママさんは、帰ってコンピューターを立ち上げた。
パパさんが飲んでいる薬は歴然とした精神安定剤だった。薬は
1
2
3
4
5
6種類
あって、朝昼晩と実に丁寧に飲まされているようだった。

ママさんの友人に医者がいる。
ママさんの兄の息子も医者だった。
ママさんの実家は実は薬屋だったんだ。
そんなことから、ママさんの?マークが????と、つながり、
ある日ママさんは、友人に病院のカルテを見せたのだった。

ショック
あろうことか・・・間違いなくパパさんに処方されていたのはほとんどが精神安定剤だった。
それも念を入れて朝昼晩!!!!飲まされていたのだった。
「これはね、」
友人の医者は、ママさんに丁寧に説明した。
そんなに強い麻薬性はないけど。本当に脳梗塞に必要な薬はこれ「ひとつ」ね。
それは、血をさらさらさせると言う薬だった。
2週間も病院に重病として入院していて、本当に病気のために処方されている薬がたったひとつ・・・・なんて。
あまりにもカワイそうなパパさん!
ママさんの心の中には血の涙が流れたのだった。

この薬漬けの病院から一時でも早く退院させて次の病院にやらなくては、
パパさんの人生も終わってしまうだろう。
パパさんに優しいと言うのでは誓ってない。ママさんは、多分同じように困っている人に同じように怒ってあげられるような広い心で、この病院の対応に激怒し ていただけだ。
ママさんは、この過剰医療について、堂々と先生に張り合ったんだ。
そしたら、女先生は
「どこに行っても同じですよ。この病気に対応する薬はコレシカないんです。」といった。
文句があれば、出て行けとばかりに言うのが、まるで勝ち誇っているようだった。
くそっ!
ママさんは本当に下品な?言葉をキリキリ怒りながら思っている。

付き添いの人がため息を付きながら「不満な文句をつっかえつっかえ言うと」
医者も看護師も、きりりと眉を上げ、「嫌だったら、他をさがしてください」と言うのだった。
そんな対応をするのは、別にママさんに限ってばかりではない。病院の先生はつよーいんだぞ!
まるで、泣きっ面に蜂さ。
本当に泣きっ面に蜂さ。

そこで、ママさんは信頼のできる友人の医者の言ったことを2人の子供に話したのだった。

「ま、そんなことだろうね。」
今入院している病院のことについては、おおむね快く思っていなかったから
子供たちは2人ともシラーとしていた。

もう、どうしようもない、パパさんが、稼いだ老後のお金なんか、パパさんが全部遣えばいいんだから。
ママなんか、自分の生活費しっかりかせいでいるし・・・。
ママが今思っていることを、ママが思うように実行すればいいんだよ。
子供のことは、子ども自身がちゃーんとやるから・・・・。心配しなくていいから・・・。
そういった。

けなげな子供だ。
ママさんは本当によく子供を育てた。
2人とも大学にやって、一人は大学院まで出たんだから。
パパさんが頑張ったって、パパさんがそだてたら高校出までだよ。
ママさんも、子供もそう思っている。

ママさんにまかせたよ。
そうは言うけど、長男は直ぐに厚木市にある、リハビリテーションのことを紹介してくれ、
即入院するように手配をしてくれた。

まったく薬について改良する気もない薬漬けのパパさんを
少しでも生き還らせようとママさんは猛烈に発奮した。

決して、パパさんを特別やさしくしようとか・・・そんなんじゃーない。
人間を人間らしく扱うと言うこと。これが一番大切なんだ。
薬漬けにして、がっぽがっぽ不浄な銭をもうける医療はやっぱりおかしい。
おかしいだろうが!。
ママさんは、そういった。

「申し分けないけれど、退院します。」
ママさんの言葉に女先生は、目を白黒した。
女先生はどんなに強い言葉を、患者や、患者の家族に掛けても
今まで、こんなにバッサリ勝手な家族の反応はなかったんだ。
これは本当だ。

「退院して、どうするんですか?」
明らかにそんなことはできないだろうと言っているようだった。
「ここの薬が、納得できないから・・」
ママさんははっきりいった。
明らかに重病の患者の家族がこんなことを言って退院したいと言っても、そんなことはゆるせない!
そんな目つきだった。
「大変ですよ」女先生が言う。
「勿論。」
ママさんはゆっくり息をついでいった。
「息子が、リハビリテーションを紹介してくれたんです。」
「どこの?」
「厚木のです」
女先生は大きくふっと息をして
「もう引き受けてくれるといったんですか?」
といった。
「紹介状を書きましょう」
これが曲者だった。

リハビリテーション【rehabilitation】
検索辞書:大辞泉
身体に障害を受けた者などが、再び社会生活に復帰するための、総合的な治療的訓練。身体的な機能回復訓練のみにとどまらず、精神的、職業的な復帰訓練も含 まれる。本来は社会的権利・資格・名誉の回復を意味し、社会復帰・更生・療育の語が当てられる。リハビリ。
リハビリ難民 (りはびりなんみん)
新語探検 著者:亀井肇
-社会 -2006年11月9日 2006年4月施行の診療報酬改定によってリハビリの日数制限が導入され、所定の日数を超えてリハビリの施術を受けることができなくなった患者をさす。そ の結果、患者が寝たきりになる可能性が高くなっている。診療報酬の改定では、障害を負った患者のリハビリ医療を4疾患に区分し、それぞれ発症から起算して 最長180日に制限し、それ以上の保険の適用は行わない。これに対して、免疫学者で東京大学名誉教授の多田富雄が『朝日新聞』紙上に「リハビリ中止は死の 宣告」という投書を寄せたことが共感をよんで、リハビリ打ち切り反対の署名運動に発展、44万4000人の署名を集めている。現場では泣く泣くリハビリを あきらめたり、いつ打ち切られるかと不安を感じている患者も多い。リハビリ打ち切りの影響はすぐに表面化するわけではなく、ゆっくりとじわじわと生活機能 を奪っていく。寝たきりになってからでは取り返しがつかないのである。



このときママさんはやったーと思っていた。
このリハビリテーションではきっと薬漬けになることはない。
人間を人間扱いしてくれる。リハビリだもの。
そう思っていたんだ。思い込みとは実に怖いもんだよ・・・。

厚木のリハビリセンターで、新たな一日をむかえて、パパさんの病気はきっと普通化すると、ママさんは大いに期待したものだ。
ところが、2日たっても3日たっても。症状が改善されなかった。

「先生、あの、精神安定剤系統のものは飲ませていらっしゃいませんよね。私があんなに、最初からお願いしているんですから。」
 四階の医者は若いくせに、涼しい顔をして
「無論です。しかし、お宅のご主人は、ベットでたったり、夜行性があるんですから、急に階段を一人で下りたりしても困りますから、必要最小限の睡眠薬はつ かいます。」
といった。

「ええっ!睡眠薬は精神安定剤でしょう」
「でも、ついこのあいだあなたのご主人と同じように身体はぜんぶ正常で、脳梗塞になった男性が、このふもとの道まで勝手に降りていって、交通事故にあった んです。事故にあっても、擦り傷だったからよかったけれど、死なれたら取り返しがつきません。それがいやだった
ら退院していただくしかないですよ。」
といった。
「おどしかい!」
ママさんは完全に怒った。
ようやっと、国立病院からパパさんをとりもどしたのに、またもや精神安定剤がパパさんを直撃しているのだ。
パパさんはもう、ぼろぞうきんのようになっていた。
なんたって、立って、あるいて病院にいった人がだよ、いまはオムツを付けて、車椅子に縛り付けられているんだから・・・・。

だから、アメリカの医療はすごいって言うんだよ。
アメリカでは、即日帰宅する準備をするというじゃーないか。
とはいえ、いまパパさんを家に迎え入れるにはものすごいプレシャーが有った。
ママさんは
「くそーっ」
と思った。
ほえるところがないので、ほえなかったが胸はきりきり痛んだ。
もしも、自分が5分の4もの脳組織が生きていて、こんなに身体をいたぶられ、とにかく身体を拘束され、動けない毎日をよぎなくされたら・・・
どんなに悲しいだろう。

息子と娘に相談したら、
「ママがつぶれたら、もうどうしようがないし、パパには、老人ホームが良いかも」
といった。
ママは、心臓病をやっていて、大和市の成和病院ってところで、カテーテルをいれて、バルーンを処置していた。
5箇所もだよ。
「しょうがないよ。もうパパはかわいそうだけど、見限って良いよ」
二人の子供はそれなりに結構つれなく言った。
「ママは、パパと離婚したかったんだろ。実行して良いよ」
「うーむ」
そうは言うけど。
 『そうだよね、パパは、仕事人間で、子供が病気になっても、仕事に行ったよ。
 ママに対しても、心が冷たかった。忘れ物をしたママを攻め立て、真夜中の相模原市を1キロも自転車で走らせたりした。昔の相模原は、街灯も何 もなかった。この恨み死んでも忘れるものかと思ったよ。そうだ、子供が熱を出して泣いているとき遅くなって帰ってきたパパは、「うるさい!外へ出 せっ!」って行ったんだよ。ママは、もっとこの子が熱を出したらどうするんだと、本当に悲しかったけど、いっぱいの毛布でくるんで外に出たんだ。十二時近 くの寒い夜だった。月だけが、真昼のように照っていたけど。其の時も、この恨み死んでも忘れるものかと思ったよ。』
と、思った。
パパには許しがたいことがいっぱいあった。
でも、ジャー、もう放置しようか・・・とは思わなかった。
それは
今回の弱いものを、もっと弱くし、薬付けする医者たちにはもっと、怒っていたからだ。
絶対許さん!と思っていた。
しかし・・・だ。
もう一度懇願しなければならない。
「どう見ても改良されたように見えません。いよいよヨボヨボになっているようですが、本当の所はどうなっているんでしょうか?」
医者は、
「この病気は本当に処置なしの病気なんですよ。手や、足が動かないという状況なら、リハビリも何とか回復のめどがつくと言うものですが
リハビリといっても、体自身は健康なんですから一番厄介な病気なんですよ・・・」
と、聞きようによっては随分ひどいことを、しらっといった。
ママさんは、もうひとつ言った。
「現在どんな薬が処方されているんですか。当然教えてくださいますよね」
「良いですよ、わかりますかねー」
鼻のそこでフフンと笑っている音がした。

ママさんはなにくそ!と思っていた。そこで
処方箋の写しを持って、生協の先生のところに駆けつけると
「あらっ。国立病院のままじゃない。名前は、色色に変化しているけど、構成物質がいっしょだよ。ホラね。」
といって教えてくれた。

先の国立病院で処方された薬とほとんど性能に変わりがない薬が、びゃーっと並んでいた。
ママさんは、インターネットで処方箋を解釈していった。

その薬の中には、、副作用として、精神が不安定になり、徘徊らの症状が出ることがあります。
と書いてあるものまでぐっちょり入っていた。
1種類や2種類じゃーないと言うこと!。
パパさんは、モルモットだったんだ。
正義の見方のママさんは俄然として立ち上がった。

「先生、私の友人に 医者がいまして、この処方箋の薬は元の国立病院のままだとわかりました。私は、あんなに先生に言いましたよね、助けてください。精神安定剤はカットしてく ださいと。覚えておられますよね。」
「は。確かに、でも私どもはリハビリセンターなんですよ、国立の処方箋を持ってきたのはあなたジャーないですか。紹介状にはこの薬・・と指定してあったん ですから。」
「じゃー、仮に、改善してもそのまま薬をのましつづけるんですか?」
「3ヶ月ぐらいは仕方ないでしょう。もし、そんなにおっしゃるなら、国立に行って処方箋を変えてもらってきてください」
「ええっ!!!!」

目が点とはこのことだよ。
誰が国立にいくか!
じゃーっ!ここで、MRIやら、CTスキャンやらまたやって、散々お金を取ったのは自分の判断の為じゃー無かったのか!
自分じゃ、何もせんかったってーのか?

ママさんは悲しかったね!
底上げの医療の真っ只中にボーっと立っている馬鹿な鴨の自分が情けなかったよ。

「それじゃー。分かりました。では、来週退院させてください」
ママさんが尋常じゃーない決断の言葉を口にした。

今度はさすがに先生はびっくりしたね。
どんなことを患者の家族に言っても、家族は反抗しないときめていたようだからね。

実は、この先生だけジャー無いけど・・・この先生のつれなさは群をぬいていたけど・・・
病院の患者の家族はみんな、どうして良いかの岐路に立たされていたんだ。
本当に患者を愛していた人かなと、思うんだが、
病院に改良を申し出ても、
「別に退院してもいいんですよ」
と、随分素っ気無く言われるんだそうだ。
「行くところ無いでしょう」
って。
患者の家族は
「やっとここに入ったんだもの。かなしいよね」
といっていた。

つまり、ママさんが言われたような、肉親の悲しみに遭遇する人は沢山いて、それを何とか改良してほしいというと
「出ていってもいいんだよ!」
と、一括されるんだ。
病人を診るということに慣れていない人がほとんどの患者の家族は、そりゃー困る。
こういうのを泣き寝入りと言うんだよ。

ママさんは、常日頃から、とても優しかった。
子供に言わせると、普通自分の家族から優しくしていくもんだ。
でも、ママさんは博愛主義者だ。助けなきゃーと思ったり、助けてーと言われりゃー。
それが遠い他人であっても、一生懸命に助けるのが好きだった。
「それはほとんど、趣味なんだよ」
子供は断定する。
だって、
「ママは、本当に私たちがいるのに、夜遅くだって非行少年の面倒を見るために、出かけていたんだよ。他人のことなのに。私らが、非行少年にならなかったか ら、話しはすんだけど」
といった。

ママさんは、子供をほったらかした気はなかったけど・・・・
地域の役員やら、PTAの役員やらやっていたんで、子供の自分だけ見てほしかったといわれるともうグーの根も出ない。
もう過去形であるけれど
ママさんは自分の子供がいつも

『自分たちこそ見てほしい!』

と思っているとは全く知らなかった。十分に愛 情いっぱい育てていたと思っていたから

子供たちに対して、今頃になって
『本当に悲しい気持ちにさせたんだなー』
としきりに反省をしている。



パパさんは何にもしてくれなかった!

というのと殆どおんなじことを、愛する吾が子供たちにしていたのだ。

もう大きくなっている子供たちに言われたときママさんは本当に後悔したね。
そんな、よその人のことを本当は正義の味方のつもりで見ていたけど、一度も自分の子供がそんな時、寂しい思いをしていたとは思っていなかった。

完璧に信頼していたし、うちの子は特別だとおもっていたんかも知れない。
馬鹿だね。
ママさんは、本当に申し訳ないと思っていた。

だから、いまこそ離婚だなんていえなくなっていた。
人にはいろんな見方があったんだよ。と反省させられてみると
パパさんを老人ホームにポイと、おくことはとはちょっと悲しいーかも。
パパさんにはパパさんの都合があったかもしれないちゃー!

医者の言葉に憤慨したママは、ドヒャーと宣言をした。

勿論、例の「ゆるさん!」を、念仏のように心で唱えていたけど。
ママさんは、医者と決別して自分の家でパパさんをみるという。
大体ママさんは、儲からないけど会社の社長さんだ。
でも、しょうがない、社員を一人多くして、自分はしばらくパパさんを見るっキャーないだろーが。

そこで、ママさんは1週間後パパさんを病院から、退院させた。
ざっと200万円近く請求されたね。
勝手に身体を麻痺させといて、ジャンジャカ薬漬けして・・・・
請求は200万円だって。

ママさんは車にパパさんを乗せて退院させた。
厚木はそれでも遠かったね。
もうくることはナイト思っているけど、
「いよいよ困ったら、いつでもお電話ください」
と、あの医者が言ったんだ。
「どうせ、このような患者さんを預かってくれるところはちょっと無いでしょうから」

ママさんは、にっこり微笑んだね。
『頼まれたって、来やしないよ』

それでも既に3ヶ月がたっていた。

いよいよ家に連れ帰ると心に決めて、約1週間。

実際は4 日のうちにあの手この手でデイケアーマネージャーを探し、色色研究したけど、結論がつかなかった。

そこで、かって、自分が役員をして、このデイ ケアーサービスの始まりに関わったS介護センターにパパさんの相談をした。

いささか、かかわりがあるところがちょっと安 心かなーと思ったためだ。

直ぐ話がまとまって、それで、ママさんは、こ の厚木の医者に負けないで、ポーンと実行できたんだ。

でも・・・・

実はここで大変なことが分かった。

デイケアーマネージャーは、マネージャーだけ だったんだ。

だから、実際に派遣されてくる人は、ホームヘ ルパーなんだね。

 

[ケ アマネージャー

正式名称は「介護支援専門 員」。受験資格は医療・福祉分野の資格取得者で、実務経験が5年以上の人。たとえば医師、歯 科医師、薬剤師、保健師、看護師、准看護師、理学療法士、作業療法士、社会福祉士、介護福祉士、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、栄養士、管理 栄養士、歯科衛生士など。資格を持っていなくても、相談援助や介護などの業務に従事し、10年以上の実務経験があれば受験 資格が得られる。

介護を必要とする人と介護サー ビス施設との橋渡し役

介護を必要とする人の希望や心 身の状態、家族の希望などを考慮し、その人にベストなケアプランを作成する。適切な支援サービスを利用できるように、市町村、在宅サービス事業者、介護保 険施設などとの橋渡しをするシゴトだ。20004月 施行の「介護保険制度」で、介護や支援が必要と認定された人は、費用の一部を自己負担するだけで介護サービスを利用できるようになったが、この制度を利用 する人に対してケアプランを作成する。ホームヘルパーなどを派遣する在宅介護サービス事業者や福祉介護施設では、ケアマネージャーの勤務が義務付けられて いるため、福祉分野の従事者でこのシゴトを目指す人は多い。いまや介護・福祉の現場でなくてはならない重要な役割を果たしているといえる。このシゴトに就 くには「ケアマネージャー」という公的資格が必要。

給 料の相場

時 給

関東 1,461

東海 1,218

関西 1,196

日 給

関東 7,988

東海

関西 9,000

月 給

関東 254,854

東海 215,029

関西 234,084

リクルート調べ2004年実績(件数サンプルが少ない金額もあ ります)

在宅福祉サービスの担い手

仕事内容高齢者などの日常生活を支える

 介護保険法において、訪問介 護(介護予防訪問介護)業務に従事できるのは、
(1)介護福祉士(国家資格)
(2)都道府県知事の指定事業者の行う研修課程の修了者
 である。
(2)については、平成21年より、(a)介護全般に関する介護職員基礎研修課程(新設)、(b)訪問介護に関する1級、2級、3級課程となる。
 (b)の1級課程は、平成24年に(a)の介護職員基礎研修課程に一元化される。2級課程は当分存続される。3級課程は、平成21年4月以降、訪問介護 員としての介護報酬算定対象から外れる。

取得方法養成研修を受講する

 都道府県ごとに実施されてい る訪問介護員(ホームヘルパー)養成研修を受講する。研修には介護職員基礎研修、1〜3級の課程がある。訪問介護 員として仕事をするなら、介護職員基礎研修か1級取得が必須。3級の研修では、身体介護の講義がほとんど行なわれないからだ。3級取得は、老親のケア、自 分たちの老後、地域ボランティアのためがベター。]

拡大画像

自宅に連れ帰って、初めて勉強することがあった
ホームヘルパーは実は全く看護婦の仕事をすることができないんだ。
時間になったらずんずん帰るし、ちょっとでも超過したら、ぜんぶお金に換算した。
実はホームヘルパーに、なるべく長く見ていただきたかったから、この介護保険で受給できるぜんぶの時間をお願いしていた。

し かし、1日3時間以上はだめだ。

と 言う厳しいおたっしで、ママさんは、やっぱり、会社に一日中行く訳に行かなかった。

と にかく、1日3時間お願いして、昼時は、急いで会社から帰ってきて、掃除して、洗濯して夕食の算段をする。つま り、ヘルパーさんは、パパさんについて歩いて、パパさんがいる辺りのごみを取って、捨てる。

パ パさんが訳もなく歩くときは、転ばないようについて歩く!なんて、生活を3ヶ月も続けた。

パ パさんは、それでもだんだんに目が目玉の中央に来て、ママの話も少しは分かるようになっていた。

た だね、

パ パさんについて歩いてくれるヘルパーさんに対しては、敬語を遣うし、ヘルパーさんの気持ちも察して、散らからないように、日ごろから、気をつけなくてはな らなかった。

差 し引きどっちがいいのか分からないが、ヘルパーさんのほうがまずギブアップした。

「こ の様子を見る限りでは、ご主人は要介護3ではないと思いますよ。」

確 かに。

パ パさんは、血をさらさら以外の薬はきっぱりやめていて、意識もだんだんに明確になっていいたが

咀 嚼能力が極めて困難になっていた。

ヘ ルパーさんに任せていればいいというにはあまりにも過酷だとケアーマネージャーも言い出した。

つ まり、ヘルパーは、断じて看護師で無いということだ。

浣 腸を頼んでも出来ません。

病 院に連れては行けません。

注 射も出来ません。

痰 を取ることも出来ません。

じゃー なんだったら出来るんだ。

パ パさんは、2月めから、どんどん脱水症状を呈し始めた。

水 や、ジュースなど水分を取ると痰をその都度のどに詰まらせた。

そ のために咳きをするんだが、のどをヒューヒューと鳴らして、

そ の様子はまるで今にも死に絶えるようだった。

ケ アーマネージャーがもう一度、医者の証明書と、ケアーマネージャーの書類を県のほうに出すから

介 護の申請をしなおしてくださいといった。

も う危険で手に負えないといった。

マ マさんは、でも何とか頑張った。2日にあげず救急車を呼んだ。

息 がいつ止まってもおかしくないような日が続いた。

一 番恐ろしいと思ったのは、パパさんが全く水を飲まないことだった。

水 分を取らなくてはいけない。

そ こで、毎日近所の医者に点滴にいき、リンゲルをお願いした。

マ マさんがリンゲルをお願いしたのには理由があった。

マ マさんが昔(小学校5年生頃)疫痢になったとき、もうすべて手をつくし終わって、もうこのリンゲルしかないと医者 に言われて、家族がみんなで、この子にお別れを言って泣いていたことがあった。と。

と ころがママさんは不思議なことに2本目のリンゲルで生き返った。

そ の話を聞いてから、ママさんはいつでも、いざというときはリンゲルと思い込んでいたんだ。

だ から、今こそ・・とパパさんにリンゲルの点滴をしてくれとお願いしたんだ。

救 急車で運ぶとき、そうは言うけど国立病院にも2回運び込んだ。

パ パさんは脳梗塞を発祥したときよりはるかにヨボヨボしていたのに、あの病院は点滴だけして、直ぐにお引取りをと願ったね。「これはいかん!入院だ」とはつ いに言わなかった。

もっ ともママさんだって、もうこの病院に入院させる気はなかった。

で も、咀嚼能力はいよいよなくなって、日に日に衰弱するのが分かった。

要 介護の認定は5になった。

要 介護5になったら、何がいいかって。

つ まり、ケアマネージャーや、ホームヘルパーの賃金率が高くなるということだ。

今 まで、3000円で澄んだものが5000円になるということだ。

マ マさんは、ちょっとポーっとして、のせられたね。

パ パさんをマンマと、高額要介護者にしてしまったよ。

お 金を余計払うだけでパパさんにもママさんにも何のメリットもなかったんだ。

パ パさんは、ケアーマネージャーの進めで、国立病院でない病院にいった。

やっ ぱり、主治医がいるということだったから。

で も、その医者は厚木の医者と同じだった。

「出 来ることなら、お前を馬鹿にしたいんだよ!!!!」

そ の医師はいったね。

『あ んた、社長さんだって、それが何ぼのものさ!』

も う、目にも、態度にもバリバリで、ママさんは1発で、逃げ出したくなっていた。

な んで、パパさんの病気なのにママさんの身分が関係あるんだろう。

マ マさんは、たった一度だって、自分が社長だなんていっていないぞ!

看 護師さんが、ママさんを知っていて先生にいったんだろう。

ま あ、ママさんはそれでも地域ではちょっと有名だったからなー。

そ れで、先生は、まるで、対抗するように居丈高に???

ま るで馬鹿に話すように、話をしたんだ。

マ マさんは、それでも『はいはい』言ったよ。

絶 対に、医者が勝つってわかっているのにさ!阿漕だねー。

パ パさんは、いよいよ衰弱して行った。

マ マさんは、2日におかず救急車を呼ぶのに本当に気が引けていた。

自 分の車に乗せて、点滴のために病院通いするにも本当に困り果てていた。それは、

パ パさんの身体にもう直立する元気がなくなっていたからだった。

マ マさんは、どんなに精神安定剤でぼろぼろにされても、パパさんを病院に置くべきだったかと

つ い思ってしまった。

あ んなに負けないぞーと思っていたのに、今のママさんはボロボロだった。

も う、明日、死ぬようなことになるかもしれない。

ど この病院に助けをもとめようか?

マ マさんは、ふとパパさんが東急電鉄に勤めていたことを思い出した。

そ れは8月の夕方のことだった。

パ パさんは、今日も全く水を飲まない。

し たがって、食べ物も受け付けなくなっていた。

が んがんと体がほそくなり、以前と変わらないボロボロの姿になっていた。

11時だった。

マ マさんは、パパさんをここに置いていたら死なせてしまうと、決断した。

「も しもし、東急病院ですか?ええ、むかし、そちらでお世話になったものです。東急の社員だったことを思い出して、こんな時間になったんですが、お電話しまし た。もう介護が手におえなくなりました。助けてください。」

マ マさんは、そのとき本当に東急病院に助けてもらったと思った。

今 でもその考えに違いはない。

「相 模原からは遠いいですが、気をつけていらしゃい。

同 じ東急の社員でしたなら、なんとしても、見させていただきますよ」

そ の言葉はうれしかった。

マ マさんは、そのとき、本当に自分が崩れるほど疲れていると思った。

そ の話を聞いて、息子が急いでかけつけてくれた。

夜、 十二時

パ パさんの惨状?を理解してくれて、はるばる東急病院まで車で運んでくれたのだった。

病 院について、入院手続きをして、時計を見たら午前3時だった。

東 急病院の医者は、ママさんがどうしてパパさんを病院から引き取ったか静かに聴いてくれた。

そ の上、現在の医学の話をしてくれた。

ど うしても、介護者の都合に走ってしまうのが多くの病院の実情だといった。

そ して充分に、安定剤を排除して、ひとまず、咀嚼力を確保することを約束してくれたのだった。

点 滴は、それから2週間も続けられた。

そ れだけ、長いこと、痰が絡みついていたということだ。

マ マさんは始めて、病院に感謝した。

し かし、この病院は本当に遠かった。

片 道2時間かかった。

だ から、ママさんは約2ヶ月、自分の会社よりパパさんのお見舞いに自分の時間を費やした。

繰 り返すようだが、ママさんは、パパさんのことが大好きなのではない。

定 年退職したら、離婚したいと本当に思っていたんだ。

パ パさんには、とにかく薄っぺらの愛情しかもらっていないと思っていたからね。

たっ た一つも、プレゼントしてくれたことはないし。

マ マさんが、高価なものをひとつも要求しないからといって、

だ からといって、指輪もネックレスも、何にも・・プレゼントすらしてくれない男なんだから・・・。

許 せる?

そ の上、どう考えても、優しくないんだ。

妻 のために何かしてやろうなんて、考えたことが一度でもあったろうか? ない!ない!

い つも自分のことばかりを優先し、その次会社のことを優先していた。

で も、ママさんは、自分の腕の中で、パパさんが死ぬのを見たいとは思わなかった。

東 急病院の処置で、だんだんパパさんに血の気が帰ってくると、心からほっとした。

常 識的にママさんはいつでもパパさんを介護していたんだ。

東 急病院があまりに遠いので、ママさんはまた息子に近場の病院を探してほしいと頼んだ。

良 い息子だ。

「自 分の会社の社員のお父さんが病院の院長さんだ。紹介するよ」といった。

聞 けば東急病院の半分の時間で病院に行けそうだ。

「し かも、ママの希望もきっと叶えてくれる」ということだった。

朝 倉病院といった。

息 子に連れられて東急病院を退院し、朝倉病院にパパさんを入院させた。

「絶 対に、精神安定剤はやらないでください」

と ママさんがいうと、

「い かにも」といわれた。

パ パさんが脳梗塞を発症して一年たっていた。

パ パさんは、相変わらず点滴をしていた。

決 定的に水を飲む力がなかったからだ。

水 を飲もうとするとやっぱりゲホゲホ咳きをした。

そ れで、ドロドロになるよう水にもトロミ剤を混ぜて与えた。

パ パさんはママさんが行くたびに、おなかが空いてたまらないというようになった。

「マ マ、アンパンを持ってきて。あそこの店で買ってきてお願いだから。」

本 当にお腹が減っているようだった。

病 院に「もっとたくさん食事を与えてください。」と、お願いをした。

で も、食事はその量を変えることはなかった。

院 長先生は「食事の量は充分ですよ。これ以上食べさしてもどうしようもない。太っても体のためにはならないと思いますよ。」といった。

1 年前あの大きな身体をしていた(65キロもあった)パパさんは今、45キロのままであった。

45 キロだよ!

マ マさんは「本人がもっと食べたいといっているんですからもう少し食べさせてやってください」

と 栄養士にも頼んだ。

で も何にもかわらなかった。

マ マさんが会いに行くたびにパパさんは、

「マ マ、何でもいいから、食べるものが欲しい」

と いった。

マ マさんは絶望したね。

看 護婦に見えないように、ソーっとパンを買っていったり、すばやく口に放り込めるような海苔巻きを隠して病院にいった。

『病 院の厳守項目の中に、見舞いの食べ物はその日のうちに処分すること。

あ まったものは持ち帰ること』というのがあった。

そ れで、ママさんは、決して堂々ではないけれどソーっと、パパさんの欲しがる食べ物を運んだのだった。

パ パさんは、水はだめだったのだが、固形のものは上手に咀嚼できるようになっていた。

随 分と体が良くなっていた。

も う、パパさんは充分回復した。

マ マさんは実はそう思うことで、病院生活をやめることにした。

水 だけ気をつければ、何とかなるような気がした。

パ パさんを帰宅させるためには、受け入れ側の対応を充分しなければならない。

そ こで、今度は、情に流されて決めるのをやめて、まず、地域の病院を選定した。

イ ンターネットは色々役にたった。

東 芝病院にとにかくお願いして、循環器科の患者になった。

東 海大学病院にもお願いにいったけど・・・。

東 海大学病院はつれなかったね。

脳 梗塞はなったとたんに終わっているんだよ・・・・これが答えだったね。

マ マさんは、「オオっ」と思ったね。

そ うなんだ。目が覚めたよ!

「脳 梗塞はなったとたんに終わっているんだよ。」

マ マさんが、本当にもっと病気のことを知っていたら、

国 立病院に入院させるべきではなかったんだ。

こ んなに精神安定剤でボロボロにしなくても、

パ パさんにはもっと豊かな生活があったかも知れない。

脳 梗塞というものを知らないということはこういうことだ。

日 本中の多くの人は、どうしていいか分からないまま、医者の投薬に協力しているんだね。

薬 害日本だ。薬害推進医師団だ。本当に!

今 回のケアーマネージャー選びは本当に慎重だった。

ま ず、病院に一番近い事務所を選定した。

こ ういっちゃーなんだけど、やっぱり組織体がしっかりしているほうがいいんだ。

本 当に少人数で頑張っているグループには申し訳ないけど、確立されているホームヘルパーのグループは、何も心配事がいらなかった。

た とえば、お願いした事項が、今日は人がいないので。とか

今 日は変わりのものが当たります。とか

な かなか大変なんです。

と いうことを利用者に言うようじゃーだめということだ。