2006/8/10 2001年1月15 日
2000年12月25日 教育問題 みほ子の提案。
子供の表情と云うものは家族の状態で明るくなったり、く らくなったりする。
世間では青少 年の暴走で殺人やら、強盗やらが平然と起っている。
どんな育ち方 をしたのか。私の「親の責任論」は風前のともしびか?
しかし、やっ ぱり、この17才の少年を育てた親の責任は重い。
TVの報道 で、インタービューしていたが
「人を刺す事はいけない事でしょう」の問いに「刺せば驚くから面白い」
の返事だった。 一瞬耳を 疑った。
ああ、とうとう自衛する時代になった。
教 育の荒廃は確実に拡大している。自覚した方がいい。(私の日記より)私の子供が、「お母 さん必ず鍵をかけてください。」とこの頃やけにうるさいのです。
私は、子供の頃から、鍵のない生活をして いました。自分の家が商家だった精でもありますが、人が家にがやがやと沢山いる方が幸せな性格でした。
しかし、今は、せち辛い世相になって、鍵 をかけなければ命の保障 がないような、情けない国になりつつあります。アメリカに行ったとき、3段の鍵がセットされているのを見て「なんという国だ」と、絶句したのがもう、他人 事でなくなりました。日本でも3段の鍵が必要になったようです。
「アメリカの銃社会を、一概に馬鹿にでき ない。武装しなければ殺 される」そういって銃を手放さないアメリカ人がいっぱいいます。私は銃社会に絶対反対ですが、こんなに日本が、喧噪の渦の中に巻き込まれると、自衛を叫ぶ 人が出てくるだろう、政治が貧困だと、社会が乱れてくるのだと思います。1月10日に賀詞交換会があって、
参加したとき、中川さんというかってPTAの役員会でご一緒したかたに声をかけられた。
「小林さん。どうし ても頑張ってもらいたい。教育と親と子供の関係では、
もう小林さんの意見が一番正しいと思いますよ」といわれた。そうなんだ、
私は、子供の教育現場にいたときから、非行はどこから派 生しているのか、いつも考えていた。そして、相模原市全体の小中学生の家庭に向かって、「非行はあなたの家庭から生まれている」と提示しました。
「非行少年は、実は親の創った理想像である。この 理想像は常に流動する。良くも悪くもなる」。そして、他人は、自分の生活を犠牲にし たくないので関与しない。この社会環境を正すには
「他人(ひと)の子も我が子と思うおもいやり」の 心がなくてはなりません。と提案したものでした。親たちが小林の提案に呼応して立ち 上がった後、相模原市の非行問題はその後まもなく収まりました。これは事実の話です。
あれから、十数年たちましたが、今回の非行はやはり家庭からスタートしてい ます。
今の環境はその上に輪をかけて、教育の現場が崩壊 しています。
十数年前は、未だ、学校が規律を重視して、指導教官の資 質も「情熱に燃え必死」のところがありました。ところが、良く覚えておられると思いますが、「髪 の毛の長さ」問題、と、「校門圧死」問題があってから、教育問題がボタンの掛け違いを おこしはじめたのです。
私もあの「情熱に燃え必死」だった先生達が、物 を言わなくなり、黙認の形態を取り始めたとき、いったい教育界に何が起こったのか、と本当に不思議に思いました。私はそれを調べました。
そこには文部省の出した一つの「通達」があったのです。
その通達は、大した文章ではなかったんですが、「事故が決してない ように、過剰な指導は厳に慎み、学校が非難されることのないように配慮しなさい」とまあ、こんなものだったんですが、現場の先生には電気のように恐怖が伝 播していったのです。決して、日教組が悪いのでも何でもない。文部省がよかれと思って出した文章が、「学校で不祥事を起こしても、文部省はいっさい関知し ない」とよみとれたのでした。その後の先生の態度は、がらりとかわったのです。 ソックスの色 までうるさく校則に準じさせようとした熱血先生達は、全員口をとざしました。
現在の学校の姿です。
超短いスカート、茶髪、イヤリン グ、たばこは吸い放題、下品な言葉、唾はき、不純交際等先生たちは、「自分は教育者だ、国の文部省の一員 で立派な人間を育てるのだ」と言う自分の情熱の拠り所を失ったのです。
文部省の国民教育の本質を失った態度が今日の学校 教育をつくりました。
何時から、学校の状態が変わったか。ちょっと振り返って みてください。私の説は実にただしいのです。 文部省が悪いのです。倫理の理解できないやからが教育を論じたとき今日の非行少年像をつくったのです。政治 が悪いと国が滅びます。本当に残念です。情熱ある教師を育てること、情熱ある先生の 後押しをおしまない、そんな文部省の運営を猛烈に期待するのです。まず、文部省は文章の撤回をしなければなりません。
今の政府ではできないでしょう。残念です。とはいえ、現状がこうです、ではどうする か・・・・・。私の提案を聞いてください。
まず、文部省から通達を出します。
学校規律の見直し。茶髪の禁止。夜間外出の禁止。
学校長による、退学処分の自主実施許可。
校庭内の自主管理の徹底。
学力不足の子供に対する学校自主指導。落第の自主 決定。各行政区の教育委員会には懲罰規定をもうけ ます。
不良教師の退職勧告。(校長を含む)
欠席、授業の理由なき放棄は、3日で退職勧告の対 象とします。
学校から、日教組活動等に給料をもらって出席しな い(出勤扱いしない)。
業者、個人から寄付、贈答品をうけない。
著しい学力不足の学校を公表する。各行政区のPTAに郊外指導委員会を設置 し、親が働き易くする。
成人学習会を教育委員会主催で行う。
内容は、子育てについて。実際教育した人の話、失 敗した人の話。理想の話。失敗の話。等この理由はこうです。
子供を育てている親が全員優秀な親らしい親ではな いということです。
心が判らない親もいるし、嘘を平気で付く親もいる のです。 命の重さも判らないし、子どもを平気で傷つける親もいます。そんな親について、誰も子育てを教えないのです。幼児の頃は結構教育手段もあるのですが、高学 年になるに従って教育手段がなくなり、親の気ままで子供は翻弄されます。つまり、子供には、教育が必要であって、そ の中から、常識や、社会対応の判断力が生まれてくるのです。だから、その判断力も未だ育たない子供に過剰な期待を寄せたりしてはならないのです。
さあ、皆様いかがでしょうか。ご反論または、同意のご意 見をおよせください。
字を読み自分で判断できる土壌が育ってこそ、本当 の自由社会の構成員に成れるのであって、基本的字も読めない、社会通念においてどのように判断し行動するかの選択もできない子供に対して、これを放置する のは罪悪であると思うのです。
私は、子供の責任は20才まで親がすべてとる覚悟 がいるとおもっています。
教育問題 みほ子の提案。
選択能力のない子供に家庭の電波は無防備すぎる
人間の感性を認め、ホットする温い社会を実現しないといけません。現在社会は騒々しく荒々しいと、思いませんか?なぜでしょう?
非行を嘆く前に、自分の身近を見回すとあふれるほどの悪書 や、報道があります。野放図に放置されている雑誌やテレビの規制は、市行政でも対応できるのです。
これは本当です。やらない人を選んでは駄目です。心をいま取り戻したいと小林みほ子が頑張ります。この問題は、結果が出ては遅いのです。潜在意識を歪めている諸問題を洗い直しましょう。
日本で出来ないわけはありません。一緒に落ち着いた安心な社会を建設しましょう。
過日小林みほ子がアメリカのロサンゼルスにいきましたら、どのチャンネルを回しても落ち着いたテレビが 報道されていました。アメリカでも情操教育には気を配っているのです。青少年の健全育成条例
12年12月25日東京の石原知事は青少年の健全育成条例の見直しをし、有害図書の締め出しを図 ることにしたということです。
健全育成条例が盛んにその効力を叫ばれていたとき、相模原市は、何の対策もとりませんでした。い まから15年前のことです。
そのころ、街角にはいかがわしい本がいつでも手に入るように販売されていました。いまでもです。私は、これに歯止めをするには青少年健全育成条例が必要だと叫び続けました。しかし、相模原市 は対応しませんでした。
青少年健全育成条例は、その後あちこちの県で制定されましたが、何時の時も相模原市が先んじて行動する 事はありませんで した。せっかく良いことを思いつき、提案しても後手になってしまったのです。今回の石原知事の提案は、当たり前のことですが、青少年の健全育成にはとても 必要な配慮なのです。本当によかった。後手でも真似してでも、相模原市が取り組んでくれれば、私の提案が一つ生きますから本当に良いとおもいます。さて、私は、学校の教師をスタートに地域育成の教師を務めて、すでに25年になります。
子供会活動では会長を、長期に行い、また、その過程で、鼓笛隊の公認指導者、マーチングバンドの公認指 導者、新体操の公認指導者、体育協会の公認審判員、少年野球の公認審判員etc・・・・と、資格を取り、子供の指導を続けて参りました。
今日の青少年の非行問題は、予見された結 果であります。
冒頭に述べましたように、市政でも十分に対応できることが沢山ありました。しかし、どれもやらな いで今日をむかえたのです。子どもの非行を嘆くのは、私たちの青少年育成の姿勢が間違っていたためでありますから、
そんな議員しか排出できなかった、私たちの政治意識の過去の欠落をこそ反省しなければなりません。「政治はかわらない」ではなく、「政治を変える意識」が市民の中になかったのだと思います。
私は、上記の活動をおこないつつ、当時非行事件が爆発的に起こった理由を徹底的に究明しまし た。非行少年の中には、歴然とやくざの手先になっている子供もいました。
私は、PTAの校外指導委員長でもありましたので中学校の校長先生に依頼され、非行少年の生活・意識調 査をさせていただきました。
相模原市の子供達を、PTA活動を通じて掌握して いったとき、
はっきり見える物がありました。
それは、非行少年に対する完全に投げやりな学校教 育と、
生活に、熱意を持っていない親の姿勢でした。
学校教育の現場では、3分の1以上の子供 が完全に落ちこぼれていました。落ちこぼれそうになっているのでなく、落ちこぼれていたのです。
非行少年といわれた中学3年生の学力は、小学4年程度の学力でした。ということは、小学当時何を勉強し ていたか・・・ということです。一概に中学の先生ばかりにその責任を問えません。荒廃の土壌は小学当時から培われていたというこ とです。
中学になって、いろいろ習っても、基礎が全くないのですから、授業は暇ないたずらの時間になっていたの です。非行はエスカレートしていきます。
学校教育の現場が、愛情を持って、子供を見 ていなかった。
この一言です。そして、もっと責任があったのは、実は親の 子供に対する姿勢です。
親が、昔のように貧しくて、ようやっと生きているときは、どんな人でも必死でした。
そこには人間の嘘が存在していませ んでした。
しかし、当時の非行少年達は、中流の、親が犬や猫を飼っていたら、そちらをかわいがるような、不自然な 家庭環境にすんでいました。
私は、公に、非行少年の家族は動物を飼うのをやめるべきだといったほどでした。
彼らは、家族に人間的に尊敬もされず、親にぐちぐちいわれながら、親が、愛玩動物を「ねえねえ、太郎よ り、リリーの方がいい子ね」などというのを、上目で見ている子供達でした。
今日のように、親が、子供を本当に愛さなくなったのはなぜですか。
親が子供に一心にならないので、子供は環境にまけるのです。
満ち足り、いい加減に生きても、生きていけ る。
嘘をいったり、体裁を繕ってもばれなきゃあい い。
そんな親の生活が子供を今日の姿に育てて来た のです。嘘をいう親は最低です。子供の道徳ではありません。
親の道徳の欠如が子供をだめにしたのです。
社会人の道徳教育が実は一番必要なのです。子供を見れば親が判ります。体裁を取り繕ってもだめです。
ただ、こういう親は、人間の本質を判ろうとしない。そんなとき、社会が防波堤にならね ばならないのに、その社会が完全にくずれているのです。だから、私は提案し続けているのです。
「社会に不良雑誌を 販売するな、社会に野放図な映像を放映するな。社会にピンクのチラシを貼らしてはいけない。警察と行政で取り締まってください。」と。 そのためには青少年健全育成条例の的確な制定が本当に必要なので す。それと社会人の倫理教育の場・・・・・が必要だと思います。
2000年12月25日みほ子の提案より